一般的も”トラウマがある”といいますが、心理学的にはどのような状態なのでしょうか。またトラウマがあると日常にどんな影響があるのでしょうか。そしてそれらの影響が辛い場合は、どのように対処していけばいいのでしょうか。
PTSDは医療用語であり、日本語では「心的外傷ストレス障害」と呼ばれる病気です。その原因となるのがいわゆる「トラウマ」であり、ショックを引き起こすような圧倒的な出来事のことを指します。ですからトラウマを受けてもPTSDを発症しない人もいますし、トラウマそのものは病気でもなんでもありません。そして医療の領域でPTSDを起因するトラウマや、PTSD症状には、明確で厳密な基準が設けられていたりします。しかし皆さんが一般的に「トラウマがある」という場合は、こういった医療的な定義を離れて、もう少し広範な意味で使用していますよね。つまり、「過去に人生観や生き方を変えてしまうようなインパクトを持つ(多くの場合はネガティブな)体験をしていて、それが原因でさまざまな影響がある」といった状態を刺すのではないでしょうか。そしてそれは多くの場合十分に苦しいことであり、「治療の対象」にならないからといって見過ごせるものでもありません。ここでは、医療的に治療の対象となるPTSDかどうかはひとまず置いておいて、私たちを苦しめる状態としてのいわゆる「トラウマ」も含めて考えていきます。
人生にはいろいろなことが起こりますから、誰しも辛い経験や過去の一つや二つあるでしょう。しかし、それがいわゆる「トラウマ」となったり、PTSDとして悪さをしているとはどのような状態なのでしょうか?
トラウマティックな出来事が起こった時、それをきちんと感情的にプロセスし、「悪い/辛い」思い出として処理できる人がいます。これは健康的なトラウマの処理であり、そうやって処理された経験は私たちの日常で悪さをすることはありません。例えば、大好きなおじいちゃんが亡くなって、初めは辛くて苦しくて毎日泣いてしまうこともあるでしょう。食欲が落ちたり、落ち込んで趣味や娯楽が楽しめなくなることもあるかもしれません。しかし、家族や友人とおじいちゃんの思い出話をしたり、写真を見たり、お葬式や法要などの儀式をこなして、その人は徐々にその経験を辛かったけど、一つの思い出として処理をすることができます。何ヶ月、何年か先には、「辛かったけど、良い思い出もたくさんあった」ことも思い出しますし、家族と笑いながらそのことを話したり、ちょっとしんみりすることもできるようになります。これがいわゆるトラウマ→消化→思い出ボックスへの処理となります。そうなれば、日常生活をしていて不意にその思い出に襲われたり、感情がコントロールできなったりなどもありません。
しかし、そのような処理をする機会がなかったり、心理的に安全にその処理をできないため、蓋をして考えないようにしてしまうと、そのトラウマが未処理のまま残ってしまいます。未処理のトラウマは調理され消化された「思い出」ではなく、未処理で生々しい「体験」のまま、箱に入れられ、蓋をされて、私たちの背中に乗っかったままになります。
人は多かれ少なかれトラウマを抱えている、というのは、未処理のこうした箱を担ぎながら、私たちは日常をなんとかやりくりしているというようなイメージです。人によってはそれを担ぎながら安全に一生を終える人もいるでしょう。
では、私たちのこの背中の上のトラウマはどうしたら良いのでしょうか。
がんの治療にもいろいろな種類があるように、トラウマの処理も、その人の年齢、社会的立場、心理的状態、理想とする生き方やゴールによって選ばれるべきだと思います。トラウマがあるからといって、必ずなんとかしなければならないということもありません。もし自分の過去に何かあって、それをどう処理すればいいか悩んでおられたらい、いくつか自分に質問をしてみると、自分の希望がはっきりとするかもしれません。
トラウマのせいで、外出できなくなった、人と安心して付き合えなくなった、恋愛ができなくなった、電車に乗れなくなった、など、以前の自分の生活でできていたいろんなことができなくなった場合、そしてそのことで著しい不便や不満、不安を抱えている場合はトラウマが今の人生に大きな影響を与えているといえるでしょう。
トラウマやPTSDの症状にものすごく多い「うつ状態」や「軽躁状態」に近い状態になっていると、生活の質が著しく阻害されます。「過覚醒」といって、頑張り過ぎたり、過度に張り切り過ぎたりし、健康管理や現実検討がままならなくなることもあります。
睡眠になんらかの変化があり、よく眠れない、途中で目覚める、たくさん寝ているのに疲れが取れないなどの症状を経験される方は非常に多いです。また、悪夢のようなものを繰り返し見る人もいます。
普段は忘れていられるような「箱」のふたがコントロールを失って空いてしまい、未処理の中身が飛び出してくるような追体験がいわゆるフラッシュバックと呼ばれるものです。身体的にも精神的にも大変な苦痛を伴います。また、それに付随するような息苦しさや動悸、「死んでしまうかもしれない」恐怖が迫り上がってくるパニック症状もよく見られる症状です。
自分では判断できないこともありますが、上記に当てはまっている場合は、日常生活や人生が著しく阻害されている可能性があります。もし自分を客観視できなかったり、あまりに幼い頃から影響を受けていて自分では判断できないと思われる場合は、「治療をした方がいいか」も、専門家に相談することをおすすめします。
トラウマの対処法にはどのような方法があるのでしょうか。まず、先程も述べたように、箱を抱えながらうまく付き合っていく方法もあります。日常的には大きく影響を受けていないけど、もうスカイダイビングはやりたくない、などといった非常に限定的な制限を受けている場合は、スカイダイビングを諦める人生を送るという方法もあると思います。それでも人生にはさまざまな楽しみがありますから、トラウマを治療する手間とコストを考えると、そっちの方が生きやすいと考える方も多くいます。トラウマのない人生なんてないのですから、トラウマがあれば細かく軌道修正していく方法も、とても理にかなっていると思います。
しかし、やっぱりなんらかの対処が必要な状態の場合も、いくつか方法があることを知っておいてください。
うつ症状やパニック症状、睡眠の悪化などを緩和し、少しでも苦痛を取り去ることができます。しかしながら、全ての精神科医療の薬は対処療法であり、根治は期待できません。
カウンセリングの中でトラウマ症状の緩和を目指すことができます。時として自分の経験や症状がどのほど酷くて、苦しみがあるのか、自分では実感できていないこともあります。トラウマ治療に特化したカウンセリングでなくとも、カウンセラーとの対話なのかで、自分の経験や症状を自覚したり、整理したりすることもできるでしょう。そういった経験が実際の症状緩和に役に立つことも多くあります。
心理療法の中にはトラウマ、PTSDの治療に特化したものがあります。詳しくはトラウマ(PTSD)を治したい!をご覧ください。
文責:湯浅紋(臨床心理士・公認心理師・心理学博士)